椿説昼寝の櫻

by D.K.A.


セントラル・ハウジング

高松市小村で「セントラル・ハウジング」という不動産事務所を経営する中井某 はさぬき市長尾の自宅近辺での所用を済まし、自宅で昼食をとってから事務所に 向かった。 陽の光が気持ちのいい午後だった。
久しぶりに景気のいい仕事をした。ふと道沿いの桜を見ると満開であった。
「うん、桜を見に行こう」と前山ダムに向かった。 桜は満開だったが人出も多く 道の駅は満車で車を止める事が出来なかった。仕方なくそのまま車を走らせると木立が途絶え正面に全山満開の桜の小山が現れた。
「昼寝城」だ。
道端に空き地があったのでしばらくその満開の桜に見入っていた。
  折からの陽気と満腹感と仕事の達成感で気持ちよく昼寝に吸い込まれていった。
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「中井様、中井様」と呼びかける声に目を開けた。
人のよさそうな老農夫が笑いかけている。
「おお、太郎兵衛ではないか。息災であったか?」
「へえ、おかげさまで。馬が止まっておりましたのでいかがされたかと・・・」
「いや、光永殿に呼ばれての、途中池内の城で接待されてこのざまじゃ。」
「前回の安富めとの戦いで中井様に命を助けられましたがその後またなにか?」
「今度はどうも阿波から来るらしい。」
「阿波ですか。何度来ても昼寝の城は安泰でしょう。
ところで今回はご立派なお支度でございますなあ。」
「なに、これは息子の元服のときの物じゃ。
わしの物は見かけは粗末じゃが丈夫に出来ているゆえ息子に残してきた。」
「息子様といえば龍之助さま。今は中井戸の御屋形を護っておられるとか。」
「そうよ、いつの間にか大人になっておった。こちらは老いるはずじゃ。
さて、光永殿がお待ちじゃ。さらば。」
「では、お帰りにはお茶でも。」
老農夫は「鍬形の冑か、平安時代でもあるまいし、面白いお方じゃ。」と笑った。

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夕方に城下の屋形に到着した中井某は「さて、宴会」と思ったがどうも様子が違う。
警備の侍に挨拶された後すぐお城に登れと促された。
本丸までは細い急峻な坂道を半刻ほど登らねばならない。
角々に松明の準備がされ数人の侍が談義をしている。
本丸の近辺にはそこここに顔見知りの侍がいて挨拶をする。
中井家は一応寒川家の重臣にあたるため本丸の広間に通された。
本丸広間とはいえ20人の侍が詰めればそれでいっぱいだ。
見上げれば2階3階が素通しで見える。2階に数人と3階に1人の物見が張り付いている。

一人の重臣が状況を説明している。
それによると阿波の海部が4、000以上の兵で押し寄せ1,000で虎丸城を囲み3,000が 池内城と昼寝城を目指して進軍中とのこと。
わが軍は虎丸城に300、池内城に100、昼寝城に200といったところか。
その重臣が中井に呼びかけた。「中井殿、ご意見はいかがかな?」
中井は臆することもなく答えた。
「雨滝城の安富や六車と戦う事は至極当然なれど、阿波一国と戦うには我らにはちと荷が重い。
ここは無駄死にするより、和睦を図るのが身のためと。
それにそれがしは、鎧兜こそ立派なれど弓、槍の戦いの準備はしてまいらなんだ。」
城主寒川光永がつぶやくようにいった。
「わしもここで戦うても勝つ見込みはないし痛い目もしとうない。和睦でよかろう。
そこでじゃ、・・・」
かくて阿波国三好氏を後ろ盾とする海部とは戦わずして降参する事となった。

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「そうと決まったら早速帰参致そう。息子の龍之助めが早まったことをせぬようにな。」
中井某はそそくさと帰りの準備を始めた。
「敵方は近いかも知れぬ。気を付けてな。」
「そうよ、それよ。急がねば。方々お先に失礼つかまつる。」
とっぷりと暮れた本丸からの坂道を下ってどうやら半ばに差し掛かったところ松明のある角で ビッという鋭い矢音とともに大袖を射抜くガンという音、左肩に鋭い痛みがはしった。
中井某はそのままひざを着くとバランスを失って30間ほどの崖を滑り落ちた。
幸いな事に崖下の小川に身半分ほど浸かったが生きてはいた。
兜ははずれずにいたが頬宛はしていなかったため擦り傷で顔中痛みがあった。
川の中から落ちてきた崖のほうを見上げるとぼんやりと薄明かりが揺れている。
中腰になって里の方を見渡すとなんという事か数百間彼方でおびただしい松明が見える。
どうやら阿波軍が到着して野営の準備をしているらしい。
城の堀代わりの小川を伝って用心しながら前山の方に下っていった。

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明け方近くに目指す太郎兵衛の屋敷を見つけ入り口の戸を叩いた。
「太郎兵衛殿、お頼みもうす。」何回かの呼びかけの後引き戸が細めに開かれた。
「中井様のお声ですな、しばらくお待ちください。」松明が持ってこられかざされた。
とたん太郎兵衛は腰を抜かさんばかりに驚いた。
昼間見た派手な冑の形から中井と解るが顔一面が血に濡れており肩口には矢が刺さっている。
よく見ると鎧冑もぼろぼろだ。
「阿波軍に囲まれてこの様だ。しばらく匿ってくれ。それとなにか食う物はないか。」
「今は火が焚けませぬが芋ならあります。とりあえずそれを。」と芋を抱えて戻ってきた。
「囲炉裏の火をおこしますのでそれで焼いてお召し上がりください。」と囲炉裏に薪をくべた。
「前日の昼から何も食しておらぬ。」と生芋をかじり始めた。
少し腹が収まると「太郎兵衛、これは礼じゃ。すまぬが少し寝かせてくれ。」と懐の巾着を渡した。
太郎兵衛は「え、これほど。」と重さを推し量りながら懐にしまいこんだ。
「面倒を掛ける。すまぬ。」といって中井某は深い眠りについた。

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すこし落ち着くと太郎兵衛は考えた。
この様子だと昼寝城は落ちたか。
さすると城主寒川光永様はもう命を落とされたに違いない。
このまま中井様を匿っているとそれこそこちらの命も危ない。
今も金は貰ったし、先の安富との戦いで命も救ってもらった。
しかし俺はもう侍でもないし、命にかえて義理立てすることもあるまい。
中井某が熟睡しているのを見定めてそっと家を抜け出た。
小走りに昼寝城に向かった。
途中の高台に「藤丸に藤文字」の幟がはためいている幔幕があり兵士達が朝食の用意をしている。
太郎兵衛は考えることなくそこの長らしい侍をつかまえていった。
「申し上げます。只今昼寝城からの落武者が我が家に押し入って御座います。
身分の高そうな冑首で御座います。」
侍は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたがすぐ幕内に入った。
しばらくすると別の侍が10人程の弓、槍を携えた兵士を従えて言った。
「案内せい。」

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中井某は物音で目を覚ました。
「しまった。」太刀を掴んで表に出た。
10人の槍や弓矢を構えた兵士達が取り囲んでいる。
その中の侍が叫んだ。
「我らは阿波の住人海部家の者でござる。ちとものを尋ねたい。」
それには答えず中井某は侍の後ろに隠れている太郎兵衛に咆えた。
「おのれ太郎兵衛、裏切りよったな。命を助けた恩を忘れたか。」
太郎兵衛はその位置で答えた。
「元はといえば拙者も阿讃国境を守る侍の家柄、おまえに太郎兵衛
呼ばわりされる筋合いはない。俺は今日からは阿波方にお味方する所存じゃ。」
聞いていた阿波方の侍は笑みを浮かべた。
「さようか、それなら太刀を貸そう。存分に戦うが良い。」といって一人の兵士から刀を取り上げて 太郎兵衛に渡した。
「え、そんな・・・。」といったときにはもう遅い。
太郎兵衛は中井某の太刀を頭に受けて絶命していた。
「最早、逃げも隠れもいたさん。拙者、この場にて腹を切るゆえ介錯を願いたい。」
「待たれよ、拙者がうかがいたいのはお主、誰と戦ってきたのじゃ。
寒川殿とはもう和睦の話が出来ておる。
早う家に帰って、瑕の養生をされよ。」

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中井某は肌寒さを感じて目を覚ました。
陽が陰り山の冷気が車を包んでいた。
「しまった。昼寝をしてしまった。」





		

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